消え残る傷

 とても丁寧な口調で礼を失し、義を欠くことを謝られた。上手だね、言葉の使い方が。でもその人のクシャミは「へっくしょん」と文字で書いたとおりの明瞭な発声で、なんだか変だと思った。くしゃみまではっきりしなくてもいいのに。ってそんなのたいしたことじゃないのにね。なんか妙に尾を引く記憶。

 誰かの妙なクセとかだけが尾を引く。そういうものだけが記憶に残る気がする。ネクタイの柄とか、グラスの持ち方とか。ほかの記憶の骨格はすべて失われたとしても、不思議と妙な細部だけが消え残る。消え損なう、というほうが適切だよ、と誰かは静かな例の口調で言うかも知れないけれど。