暗い木立を抜けて

 暗い森を抜けて帰る。風はわずかに吹いているようだが壊れかけの看板がくるくる回るだけで頬に明瞭に感じられるほどではない。
 ゆるやかな坂を昇る。夜空に影絵のようにみえる木立のすき間から星が一つだけ見える。あれは何という星だろう。どんな星にも名前がついている。けれどその名前は知らない。

 誰も歩かない道を歩く。誰かがいたら自分はどう振る舞うだろう。きっと、何事もなく通り過ぎるだろう。だまって、うつむいて、耳をすまし、目をそらし。相手も同じ表情ですれちがうだろう。

 アルコールを飲まない夜に本を読むのは寒々しい。文字やイメージがアタマをめぐる。焦点は定まらない。あるいは、定まっているけれどそれは言語化できないものなのかもしれない。よくわからない。わからないが、でも、そんなものなのだ。強制的に冷えていく脳髄。

 暗い森を抜けると明るいイルミネーションが道を照らして、その明るさに眼をとじる。すこし、熱があるのだろう。古い澱のようなものが舞い上がったら静かに、音もなく、腰を据えて、かき乱さず、沈むのを待つのがよい。

 ときどき静かにしていないと壊れてしまうものはある。遠い星を眺めるように、離れて、黙って、疲れて痛む眼をそれでも見開いて。