ためらいためいき

 気になることはいくらでもあるけれど気にしていたところで代わり映えもしない。効果的でもない。けれど気にする事を止めることはできない。なぜなら人間だからだ。人間というのは元来、非効率な存在だ。



 人は慣れるようにできている。人は驚くほど、たいていの物事や事態に慣れることができる、どんなことにも。
 右へ惑い、左へさまよい、うつむいては息を呑み、ため息をついて上を見上げる日々にでさえ慣れて、それを失う事さえ、なんてこともない。



 人は忘れる。何ごとでさえ忘れる。すべてを忘れることはない。出来事や記憶は、観察者自体さえ変えていくから、すべてを忘れることはできない。けれどまばたきをするたびに消えていく細部の記憶のような、どうでもいいとも思える些細な事から先に、壁が剥落していくように、色が褪せてゆくように、静かに圧倒的に失われてゆく。それもおそらくは人間という規格に備えられた機能的な優しさなのだろう。良い設計思想だ。



 ひとつ、息を吸って、ためらいながら深く吐く。

 ほら、消えてゆく。